新宿・四谷三丁目・荒木町
- 40男のメモリーズ -

大人のノスタルジア 花街をゆく 四谷荒木町

暮れなずむ街に灯が燈る頃、ほんの少し人が恋しくなる。それがかつて隆盛を極めた花街の面影を残す街であれば、ことさらである。ここは四谷荒木町。昼間の活発な顔から打って変わって、夕暮れ時を過ぎると街灯や店先の灯りとともにノスタルジックな表情が浮かび上がる。

新宿・四谷三丁目・荒木町 路地に残る石畳。かつて都電の線路に使われていた敷石を再利用したという 四谷荒木町は、江戸時代に美濃高須藩・松平摂津守の上屋敷だった、およそ3000坪の跡地にできた街。明治以降は、自然豊かな景勝地として庶民に親しまれ、人々が集まり料理屋が軒を連ねて街を形成していった。そして大正、昭和の中期には、路地のあちこちを芸者が行き交い、店々から三味線と小唄が流れてくる花街に。今でも石畳や石階段など、当時を彷彿とさせる風景が残っている。 柳新道通り(新宿・四谷三丁目・荒木町) 柳新道通り 杉大門通り(新宿・四谷三丁目・荒木町) 杉大門通り 杉大門通りを合わせると、およそ250店ほどある飲食店のなかには、花街だった頃の風情を残す店も現存する。そのうち『ばんしゃく 奈美』は、昭和52年3月1日創業の小料理屋。女将の奈美さんは、荒木町華やかなりし頃この街で芸者をしていたという経歴の持ち主。 「『奈る駒』という料亭の専属芸者でした。最年少だったから、お客さまからもお姉さんたちからも可愛がられました」と奈美さん。 当時は、踊りや長唄、民謡などの稽古漬けの日々を送っていた。そのなかでも、踊りは坂東流と花柳流の2つを習うほど熱心だった。今でも姿勢よく凛とした着物姿や身のこなしに、芸者時代に身につけた、美しい所作がうかがえる。 四谷荒木町「ばんしゃく奈美」 「この街はずいぶん変わりました。今では花街という言葉を知るお客さんも減ってしまいましたし。ここで芸者をしていた人で、今でもお店を続けているのは私くらい。私が店を閉めたら、この街が花街だった頃のことが完全に忘れ去られてしまいそうで……」(奈美さん) 店に来る客も、最近は若い世代が増えてきているそうだ。「うちにいらしたら、カウンターでのエチケットや、お酒の飲み方まで教えて差し上げますよ」と上品に微笑む奈美さん。時に芸者時分に鳴らした自慢の歌を聴かせてくれる。かつてお座敷で歌った歌を披露しては、若い人にその頃の風情を伝えているという。また、この街にはギターの流し歌手もやってくる。こうした人々が一体となって、花街なき今も、街に独特な風情を加えている。 四谷荒木町「ばんしゃく奈美」 あたたかい笑顔で迎えてくれる『ばんしゃく 奈美』 http://www.arakicho.com/shop/nami.html 街が変わればそこにいる人も変わる。最近では、荒木町の店舗も若いオーナーが珍しくないのだとか。かつてのことを知る人も少ない。変転していく街並みを、ゆっくり観察しながら静かに杯を傾け飲む酒。その味は、男も女も“成熟”という条件を満たしていなければわかるまい。  

Text by Akito Mashima