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- 外国人のアテンドにも使える!日本文化の再発見特集 -

初心者でも分かる!世界を舞台に活躍する落語家に聞く「落語」の魅力

言わずと知れた、江戸文化を代表する芸能、「落語」。落語家をテレビなどで目にすることは多いものの、意外と直に触れたことのないという方も多いのではないだろうか。しかし今や落語は海外からの注目も集めながらホットな日本のコンテンツとなりつつある。落語の本質的な魅力を理解すれば、éditeur世代もハマること間違いなし。世界を舞台に活躍する落語家・立川志の春氏にその魅力を紹介してもらった。

■今回のアドバイザー
落語家
立川志の春

1976年8月14日大阪府生まれ。幼少時と学生時代の合計7年間をアメリカで過ごし、2002年に立川志の輔の門下「に入門。古典落語、新作落語、英語落語を演じる。2012年9月にはシンガポールにてSingapore International Storytelling Festivalに参加し、翌年からは半年毎に同国で単独公演を実施。大学、企業、インターナショナルスクールなどにて英語落語を交えた講演を行う。『あなたのプレゼンに「まくら」はあるか?落語に学ぶ仕事のヒント』(星海社新書)など著書多数。

■世界から発見されつつある「落語」

皆さんは「落語」に直に触れたことはあるだろうか。言わずと知れた江戸文化を代表する演芸である「落語」だが、古典芸能という印象もあってか現代の日本人への浸透度はもしかすると高くないかもしれない。

しかし昨今、「落語」は日本国内ではなく世界から興味を持たれるコンテンツになってきているのだ。
日本文化がわからなければ楽しめないのでは?と思われがちだが、そんなことはない。
立川志の春氏が初めてシンガポールで英語に翻訳した落語を披露したのは2012年のこと。さすがは多国籍国家。会場は見渡す限り、肌の色、髪の色が違う人たちで席は埋め尽くされていた。

『本当に江戸の話が通じるか緊張しましたが、僕の不安に反して会場は大爆笑。クスッと控えめに笑う人が多い日本ではまずない大歓声で、とてもうれしかったのを覚えています。その場のみなさんに楽しんでもらえたことはもちろん、日本が古くから伝えてきた”笑いのパワー”が国境を超えたと思ったからです。』

さらに落語はインターネットの力を借りて、様々な国でファンを獲得しつつある。

『毎月ポッドキャストで配信しているRAKUGOという英語番組は、ジンバブエやルクセンブルグからも「聴いてます!」とコメントを頂くようになりました。』

世界に発見されつつある「落語」。
だからこそ、今、日本人としても「落語」を再発見してみよう。

■落語は、1人で演じる“お笑いシェイクスピア”

落語を大きく分けると、江戸時代から口伝で伝わってきた「古典」と、現代に作られた「新作」の2種類がある。

『なかでも、凄まじいパワーを持つのが「古典」。元は何千とあったところから時間に磨かれ、今に残る600-700本くらいに淘汰されました。300年前の人が笑ったストーリーを今に伝え、現代に生きる我々をも笑わせるのです。時空を超えて笑えるのはきっと、普遍的な「人間とは」を語る物語だからなのでしょう。』

「古典」は間違いなく時の流れに鍛えられた最強のコンテンツというわけだ。

『そういう意味では、どこかシェイクスピアにも似ていますね。たった一人で演じるお笑いシェイクスピア。それが落語なのです。』

■枕~在りし日の江戸へ連れていく落語家の話芸

とはいえ、やはり現代と江戸時代のジェネレーションギャップは確実に存在する。そこで落語家は、現代に生きる聴衆を落語の舞台である江戸の世へいざなうときに「枕」と呼ばれる話術を使う。

『枕とは、落語の本題に入る前にする話のことで、落語のテーマをさりげなく織り込んだ現代的な世間話をしながら、ごく自然に古き良き江戸の世界へと連れて行くのです。

落語が始まれば、いつしかナレーターとしての落語家の姿は消え、ユニークで親しみのある登場人物たちがくるくると入れ替わり立ち替わり幻のように落語家の姿を借りて登場しながら、物語が進んで行きます。』

この技術により、年代・性別はおろか、時代や国籍を超えて聴衆を物語に引き込んでいくことができる。落語が世界に発見されつつあるのも、この技術が背景にあることが大きいと言えるだろう。

■年代・国籍を問わず笑えるテッパン落語はこれだ!

これまで、数々のインターナショナルスクールや海外で招かれ、英語での落語公演を行ってきた中で、万国共通・年代を問わず笑いを巻き起こす“すべらない”演目があることに立川志の春氏は気付いたという。

『それは、古典の「転失気」「動物園」「禁酒番屋」です。

たとえば、「転失気」の内容を簡単にご紹介しましょうか。

お寺の和尚さんが体調不良で医師にかかり、「テンシキはあるか」と聞かれ、知ったかぶって「ある」と答えてしまいました。困った和尚さんは小僧さんに「前に言っただろう、忘れたのか! 自分で調べておいで」と叱りつけ、使いに出します。

あちこちで聞き込みをする小僧さんの前で、「お味噌汁に入れて食べた」「綺麗だからお土産にした」と周りの人まで知ったかぶり、謎は深まる一方。ついに小僧さんがお医者さんに聞けば、「おならですよ。腸の動きを知りたくて聞いたのです」。

ここから、和尚さんがテンシキを知らないと見た小僧さんのユニークな逆襲劇が始まります。機会があったらぜひ聴いてみていただきたい噺です』

■落語にはきっと平和のヒントが詰まっている

西洋では風刺や反権力の色が濃いスタンダップコメディが主流だ。もちろん落語もそうしたスピリットを宿してはいるが、人間の愚かさやだらしなさを、愛しく感じるところから出発した芸能であることが本質である。

落語の中の人物たちは、失敗したり、知ったかぶったり、ずるいことをしたり、セコかったりして、痛い目に遭いながら、それでも全部ひっくるめてどこか愛嬌があって可愛いのだという。「あいつってばバカだよね。俺もバカだけどね!」というメッセージが根底に流れているのは、和を重んじる日本らしい部分かもしれない。

『思えば、戦争は互いに向こう岸に向かって「お前はバカだ!」と言い合うことで起こるもの。あたたかい温泉にみんなでつかり、「大して変わんないよ!人間だもの」とうなずきあうような落語の世界には、平和のヒントが隠れているように私には思えるのです。』

世界を舞台に落語を披露し続けた立川志の春氏だからこそ語れる、異文化との対比での落語の魅力と本質。それを理解して興味を持てば、あとは実際に楽しんでみるだけだ。

次回は、週末の1日を使うだけで落語の魅力を再発見できる大人の散策プランを紹介してもらう。