高松次郎,ミステリーズ
- 40男のメモリーズ -

「光と影のたわむれ」から生まれるミステリー

20世紀後半、現代アートシーンを颯爽と駆け抜けた高松次郎(1936-1998)。近年では海外での評価も高まり、研究が進む作家の『高松次郎ミステリーズ』と題された個展が、東京国立現代美術館で開催されている。

1964年に制作を開始した〈影〉シリーズは、高松次郎の代表作のひとつだ。キャリアにおいてターニングポイントとなった作品だといえる。 キャンバスに描かれたのは、人物やものの影。鑑賞者は、描かれた影の主の「不在」を強く感じ、また、その画面に写っている影が自分のものではないことに奇妙さを覚える。 高松次郎,ミステリーズ 《紐》を制作中の高松次郎 1963年頃 1958年に東京藝術大学を卒業した高松次郎は、デザインの仕事をしながら「読売アンデパンダン」展への出品を続ける。 創作の動機となっていたのは、「人間は世界を正しく認識できるのか」という、いわゆる認識問題への疑問だ。つまりは、客観と主観の完全な一致はありえるのか。 おそらく、多くのアーティストや思想家とも議論を交わし、哲学書の類を読みふけったに違いない。 若き高松は、個人には偏った認識があるため、ものごとの十全な姿を追い求めてもたどりつけないという結論に至った。そうであるのなら、世界の十全な姿を追い求める過程そのものを作品化すべきではないか。そう考えるようになったのだ。 高松次郎,ミステリーズ 《No.273(影)》1969年 東京国立近代美術館蔵 高松次郎,ミステリーズ 《光と影》1970年 個人像 撮影:木奥恵三 絵画のモチーフに人物を選び、どれだけ似せて描いたとしても完全なモデルの再現は不可能だ。そうした事実を出発点に、〈影〉は手がけられた。 対象となる人物の姿をより強く想起させるモチーフとして、シルエットを画面に収めることにしたのだ。 高松が〈影〉に用いた手法は海外でも高く評価されている。グッゲンハイム美術館のホームページでは、「19世紀の日本画や木版画に加えて、日本家屋の障子に映る影から受けたインスピレーション」を作品に読み取り解説。 ミニマルでコンセプチュアルな表現は、洋の東西を問わず多くの人を引きつけている。 高松次郎,ミステリーズ 《形 No.1202》1987年 国立国際美術館蔵 この個展では、影のあらわれ方の仕組みを体感できる「影ラボ」を実現。また、思想や哲学、物理学などに傾倒した高松の多くの言葉も引用。 素材も手法もさまざまに表現を展開した高松の、制作と思考の変遷を追いかけることができる。 作品の存在感を体で感じ、頭でその背景を読み解き、高松次郎というアーティストのミステリーに浸る。そんな知的な体験を楽しむことのできる貴重な回顧展だ。

 Text by Ryohei Nakajima

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