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第3回 | 男を魅了するセクシーな女たち

ダニカ・パトリック──ついに現役引退した美人レーサー

男ばかりの社会で女性が目覚ましい活躍を見せると、「女性初の」といった表現が枕詞のように使われる。モータースポーツ界でいえば、この「女性初」をもっとも多く成し遂げたのが美人レーシングドライバーのダニカ・パトリックだ。彼女は今年5月、インディ500でついに現役を引退した。しかし、その偉大な歩みを知るにはまだ遅くはない。

「世界でもっとも稼ぐ女性アスリート」ランキングの9位に入ったダニカ・パトリック

経済誌『フォーブス』が毎年発表している「世界で最も稼ぐ女性アスリート」ランキングは、今年もセリーナ・ウィリアムズが首位となった。その推定年収は約1810万ドル(約284億円)。このランキングでは毎年、女子テニスプレイヤーが上位を占める。

今年も上位10名のうち、セリーナを含めて8名がテニスプレイヤーだ。それはプロテニス界が1970年代から賞金を男女同額としていることが大きい。では、テニス以外の2名は誰だったのか。ひとりはインドの女性アスリートとして国際大会で初の銀メダリストとなったバトミントンのブイ・シンデュ・プサルラ(P.V.シンドゥ)。そしてもうひとりが多くの伝説を残したアメリカのレーシングドライバー、ダニカ・パトリックである。

ダニカは今年、年収約750万ドル(約8億5300万円)で9位につけている。しかし、来年からはこのランキングに入ることはなくなるだろう。なぜなら、ダニカは数多くの「女性初」を成し遂げたレーサー生活を終え、現役を引退してしまったからである。

(C) ZUMA Press/amanaimages

多くの「女性初」を記録して時代の寵児となったダニカ。有名雑誌では水着姿も披露

1982年にウィスコンシン州に生まれたダニカがレーシングドライバーとしてのキャリアをスタートさせたのは10歳のときだ。レーシングカートを操る彼女の姿を見て才能に気づいた両親は全面的にバックアップし、一家はカリフォルニアへと移住。1997年には世界カート協会グランド・ナショナル選手権HPVクラスチャンピオンに輝いた。

さらには、高校を退学して単身イギリスに移り住んだ。イギリスはF1グランプリが初めて開催された地で、FIA(国際自動車連盟)の本部はパリにある。ヨーロッパはF1を頂点とするモータースポーツの本場なのだ。そこで研鑽を積みたかったのだろう。

しかし、不運にもヨーロッパでプロのレーシングドライバーになるという目標はかなわなかった。失意のままアメリカに帰国するが、母国では最高峰のレースでのデビューが待っていた。それがインディカー・シリーズだ。所属したのは元インディ500チャンピオンのボビー・レイホールが率いるレイホール・レターマン・レーシング。じつは、ヨーロッパでダニカを支援していたのもボビー・レイホールだ。ともあれ2005年、彼女は女性として史上二人目となるインディカー・シリーズのフル参戦をはたすのである。

その活躍は目覚ましいものだ。シリーズ第5戦で、世界3大レースのひとつであるインディ500で女性初のラップリーダーとなり、これも女性初となる4位に入賞。サーキット内外で見せる桁外れの闘争心と、美しく成長したその容姿は、モータースポーツ界とメディアの注目の的となり、世界中で「ダニカ旋風」を巻き起こしていく。

そして2007年には、マイケル・アンドレッティ率いるトップチームのアンドレッティ・グリーン・レーシングへと移籍。歓喜の瞬間が訪れたのは翌年だ。日本のツインリンクもてぎで行われたインディジャパン300で、ついに初優勝を成し遂げたのである。女性ドライバーが優勝するのはインディカー史上初めてのこと。その後も活躍は続き、2009年のインディ500では女性ドライバーの最上位記録となる3位でフィニッシュした。

ダニカは時代の寵児となり、『スポーツイラストレイテッド』やメジャー雑誌で水着姿も披露し、CMやテレビドラマへのゲスト出演などのオファーも殺到。「世界でもっともセクシーな女性」といったパワーランキングでも常連となっていくのだ。

(C) Capital Pictures/amanaimages

デイトナ500とインディ500のみに出場して引退するという「ダニカ・ダブル」構想

とはいえ、モータースポーツ界という男性社会でダニカのような美女が活躍すると、さまざまな軋轢を生む。称賛と同時にブーイングが襲いかかってくることとなる。

男性に比べると華奢な体で強烈なG(重力加速度)に耐え、モンスターのようなハイパフォーマンスカーを操っていることよりも、「運営から広告塔として贔屓されているのではないか」といった妬みの声や、いわれなき非難のほうが大きくなっていくのだ。

以前からインディカーと並行してストックカーレースのNASCARにも参戦していたが、2012年からはNASCARに完全転向。しかし、優勝をはたせないまま2017年秋に引退を発表した。しかし、そこで彼女が明かしたのは、2018年はNASCARの最高峰レースであるデイトナ500とインディカーの最高峰であるインディ500のみに出場するという「ダニカ・ダブル」構想。モータースポーツ界が騒然となったのは言うまでもない。

結果的にこれは現実のものとなり、ダニカは2月と5月にデイトナ500とインディ500にそれぞれ出場した。現役最後のレースとなったインディ500では、68周目にクラッシュしてリタイア。しかし、それで伝説が色褪せるわけではない。ともかく彼女は「史上もっとも成功した女性レーサー」としての輝かしいキャリアに幕を下ろしたのだ。

引退後のダニカは、現役中から手がけていたアパレルブランド「ウォリアーbyダニカ・パトリック」や保有するワイナリーの経営を中心に活動していくといわれる。

彼女が今後レースにかかわっていくかどうかはわからない。ただ、モータースポーツ界では今、ダニカの成功によって導かれた次世代の女性レーシングドライバーが続々と誕生している。彼女の偉業は「空前」だったのか、それとも「絶後」になってしまうのか。その行く末に期待しているのは、誰よりもダニカ・パトリック自身なのかもしれない。

Text by Kiyoshiro Somari
Photo by (C) UPI/amanaimages(main)
Edit by Takeshi Sogabe(Seidansha)

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