茶道裏千家
- 40男のメモリーズ -

裏千家 家元直属の指導者 奈良宗久氏から学ぶ”究極の作法”とは

戦国時代、茶の湯は武士のたしなみとされていた。静かにお茶を点てることは、乱世を生き抜くための心の慰めであり、また、客人を招いて設けられる茶の席は、気心を通わせる場として機能していた。千利休の道統を今に伝える茶道裏千家の拠点である今日庵(こんにちあん)を訪ね、茶道の精神の本質を取材した2回連載の第1回では、究極のもてなしのあり方について話を聞いた。

中国から禅文化とともに伝わった抹茶を飲む習慣が広がるとともに、華美に流れた茶の湯文化を極限までに簡素化した「侘茶(わびちゃ)」。 美味しいお茶で客人をもてなすという、茶の湯の本質を追求して千利休が完成させた様式だ。 裏千家の家元直属の指導者である「業躰(ぎょうてい)」の奈良宗久氏に話を聞いた。 奈良宗久 裏千家内の茶室で出迎える奈良宗久業躰。掛け軸の「独坐大雄峰」という禅語は、唐の禅僧である百丈懐海が、存在すること自体が素晴らしいことだと伝えるために用いた言葉。 奈良業躰「利休居士は、茶の精神を『和敬清寂』という言葉に集約されました。『和』とは、茶事を行う亭主と客人、客人同士が和し合うこと。『敬』は、敬いの心を持って臨むこと。『清』とは、空間や道具などを清めることで、亭主も含め集う人々の気持ちを清めること。そして『寂』は、茶事のすべてが終わったあとに解き放たれ、不動の心を持つことを意味します」 亭主は客を迎える際に、門から建物の玄関に通じる露地を掃き、打ち水をして動線を清めておく。そして客人は、敬意を持って茶会への招きに応じる。 裏千家今日庵 兜門 裏千家今日庵の象徴とも言える兜門。 裏千家今日庵 兜門をくぐると、石畳と植込みの緑による露地が玄関へと誘う。 奈良業躰「亭主と客とが互いに主張をするような一方通行のもてなしは、茶の湯の本質に沿ったものだとは言えないでしょう。亭主と客が互いのことを思うことが大切です。亭主の独りよがりにならず、どういう方であるかを考え、どのように季節感を共有するのかを意識します」 一生を意味する「一期」と、ただ一度の出会いを表す「一会」。 もてなす心と行為は、「一期一会」の語に裏打ちされている。繰り返し出会う関係であっても、その日の茶会は一生に一度のもの。誠心誠意招き入れるために、空間を清めておく。そして、床の間を飾る掛け軸を選び、季節感を共有するために花を活ける。 裏千家今日庵 腰掛待合 腰掛待合(こしかけまちあい)。今日庵の敷地に入り、動線をたどると、客はここで亭主の迎えを待つ。 裏千家今日庵 四方仏の蹲踞 四方仏の蹲踞(よほうぶつのつくばい)。客はここで手水を遣い、心身を清めて席入りの準備をする。 奈良業躰「茶事のコミュニケーションは、距離の離れたところから始まります。客と亭主は最初にお辞儀をし、ほとんど言葉を交わすことなく、お点前が進んでいきます。そして、取り合わせや道具などを介しながら、次第に亭主と客が近づいていき、最後にお茶を召し上がっていただく。静かな時間を共有し、徐々に言葉が交わされ、その場が和んでいきます。緊張感を持って始まり、空間と気持ちとが清められ、調和が生まれることが茶事の悦びだと言えるかもしれません」 裏千家に取材した第2回では、奈良宗久業躰にお点前を披露してもらった。薄茶と呼ばれるお茶を供する茶会の流れと、それぞれの所作に込められた意味を紹介する。 裏千家今日庵 裏千家の代名詞でもある今日庵。千家3代を継ぎ、千家茶道の礎を築いた千宗旦が隠居するにあたって建てた茶室だ。 裏千家今日庵 又隠(ゆういん) 又隠(ゆういん)という名のついた、今日庵と並ぶ裏千家の代表的な茶室。

Text by Ryohei Nakajima