2013年10月ノーティ・ボーイとのBBCラジオでのパフォーマンス
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音楽業界に衝撃を与えた“天使の歌声”

第57回グラミー賞で、主要4部門の内、年間最優秀レコード、年間最優秀楽曲、最優秀新人賞の3部門と、最優秀ポップアルバムの4冠を獲得。一躍、世界の音楽シーンの中心へと躍り出た新進気鋭のソウルシンガー、サム・スミス。彼が自身のキャリアについて語った3回連載のインタビュー。その第2回目の今回は、ロンドンにおけるアーティスト、サム・スミスの誕生と成功について語ってもらった。

高校を卒業してミュージシャンになるために、単身ロンドンに住まいを移したサム・スミスは、バーでのアルバイトで生計を立てながら音楽活動を始めることになる。 そして、当時彼は、自身の音楽キャリアに影響を及ぼす再会をする。 まだリントンに住んでいた16歳の頃、サムはアデルのライブ会場で彼女のマネージャーをしていたエルヴィン・スミスに出会ったことがあった。後にサムのマネージャーを務める彼とのロンドンでの再会こそが、サムのアーティストとしての成功の道筋をつくったともいえる。 サム・スミス「16歳の頃、アデルのオープニングアクトで失敗してしまった。その夜SNS上に、彼のページを見つけたのでお詫びをしたんだ。そのライブから3年後、ロンドンに出た後に、あるライブ会場で彼を見つけて声を掛けたのがきっかけさ。それで彼が僕のマネージャーになってくれたんだ」 The Sun誌によると、このエルヴィン・スミスこそが、グラミーの授賞式の壇上で、サム・スミスが「僕の心を粉々に砕いてくれたあなたへありがとう。おかげで4つもグラミー賞がとれたよ」と発言した相手だったという。既婚者だった彼への“報われない想い”と当時の切ない恋愛体験は、その後サムが作る作品に大きく影響を与えている。 そんなエルヴィンは、当時まだバーで働いていた彼に、ソングライターのジミー・ネイプスを紹介する。その後『イン・ザ・ロンリー・アワー』のプロデュースも担当したジミー・ネイプスは、サムと共に名曲「レイ・ミー・ダウン」を制作。そしてその曲を、当時売出し中だったダンスデュオのディスクロージャーに聴かせた。 年間最優秀レコード受賞の壇上でエルヴィン・スミスにメッセージを放ったサム・スミス。左から2人目がジミー・ネイプス。 年間最優秀レコード受賞の壇上でエルヴィン・スミスにメッセージを放ったサム・スミス。左から2人目がジミー・ネイプス。 (C)PGFM / MediaPunch / Face to Face / Photoshot / ゼータ イメージ サム・スミス「ディスクロージャーは、『レイ・ミー・ダウン』を聴いて、すごく気に入ってくれたんだ。それで、彼らと一緒にスタジオに入り、初めての共作で『ラッチ』という曲ができた。僕は『ラッチ』がヒットするなんて予想もしていなかった。曲作りのセッション後、マネージャーの車の中でこう言ったのを覚えているよ。『この曲がアルバムの最後の方にトラックされたとしても、僕は感無量さ。僕の名前がトラックリストに載るということだけで感激だよ』ってね」 しかし、サムの予想を反して彼がリードボーカルを務めた「ラッチ」は、2013年に発表されたディスクロージャーのアルバム『セトル』のリード・シングル(アルバムの中で一番にリリースされる曲)となりロングヒット。ディスクロージャーの人気をも決定づける一曲となる。 2013年に「ラッチ」がヒットとなった当時の ディスクロージャーの2人とサム・スミス 2013年に「ラッチ」がヒットとなった当時のディスクロージャーの2人とサム・スミス (C) Marc Larkin / Photoshot / ゼータ イメージ その後もサムは多くの英国の一流ミュージシャンと共同作業をしながら自らの音楽のスタイルを作り上げていく。 そして同年、サム・スミスの存在を、一気にイギリスのポップファンに知らしめたのが「ラ・ラ・ラ」の成功だった。英国でのヒットの請負人とも呼ばれるシンガーソングライター&プロデューサー、ノーティ・ボーイは「ラッチ」を歌うサムに注目していたのだ。ノーティ・ボーイからの提案で生まれたコラボレーションソング「ラ・ラ・ラ」は、MVが2億2,500万回以上も視聴され、CDの売り上げもサムにとっての初の全英ナンバーワンソングとなった。 サム・スミス「『ラ・ラ・ラ』が1位になった日は、実は僕の誕生日だったんだ。21歳の誕生日だった。本当に素晴らしい日だったよ。すごく酔っ払って、あまり覚えてないんだけどね」 ノーティ・ボーイとのBBCラジオでのパフォーマンス。「ラ・ラ・ラ」の大ヒットでサム・スミスは英国での知名度を獲得した。 ノーティ・ボーイとのBBCラジオでのパフォーマンス。「ラ・ラ・ラ」の大ヒットでサム・スミスは英国での知名度を獲得した。 (C) Derren Nugent / Retna / Photoshot / ゼータ イメージ この年のサムは、ディスクロージャーとのライブツアーに参加しイギリスのグラストンベリー・フェスティバルやアメリカのコーチェラ・フェスティバルなどの大舞台にも立った。また、英国の音楽賞「ミュージック・オブ・ブラック・オリジン(MOBO)・アワード」でのノーティ・ボーイとのテレビパフォーマンスでも大いに注目を浴びる。(2014年10月に発表された昨年のMOBO賞では、サムはアルバム賞などで4冠に輝いた) 『イン・ザ・ロンリー・アワー』の大ヒットを受け2014年10月MOBO賞では4冠を獲得 『イン・ザ・ロンリー・アワー』の大ヒットを受け2014年10月MOBO賞では4冠を獲得 (C)N. J. Redman / Photoshot / ゼータ イメージ そして、2013年12月には、英国最大の音楽賞BRIT Awardsで、アデルらも受賞した批評家賞を受賞。翌年1月には、BBCの「2014年の声」部門にて1位獲得することになる。 サム・スミス「『ラ・ラ・ラ』で1位は取ったので、もう音楽界で成功するというプレッシャーは感じなくなったんだ。もちろん曲は売れて欲しいけど、それよりも芸術的な主張をしたいと考えるようになった。1位の獲得というのは、リストに“済”のチェックマークを付けた感じかな。それで他のことに集中できるようになった」 この言葉通り、彼は集中して自らのフルアルバムの創作活動に没頭する。そして、翌年に世界的な成功をもたらしたオリジナルフルアルバム『イン・ザ・ロンリー・アワー』が生まれることとなる。 次回、サム・スミスインタビュー3回連載の最終回「“報われない想い”が世界を制した理由」では、世界中の人々の共感を得た『イン・ザ・ロンリー・アワー』の成功と、グラミーでの4冠獲得について語ってもらう。 Text by Daisuke Honma Top Image: 2013年10月ノーティ・ボーイとのBBCラジオでのパフォーマンス (C)Derren Nugent / Retna / Photoshot / ゼータ イメージ