男の隠れ家 12月号
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昭和レトロ 喫茶探訪 懐かしのメニューを懐かしの空間で

重い木の扉を開けると、もうそこに街の喧騒は届かない。店内に満ちるのは、単に歴史ある空間というだけでなく、重みと奥行きのある重厚な空気感。それはこの店で積み重ねられた数々の邂かいこう逅、人々の夢・希望・挫折、文字には書ききれない様々な思いが幾重にも重なっているからだ。

文◎郡 麻江
撮影◎松本光洋

邂逅と情熱がたゆたう場所
フランソア喫茶室 (京都・下京区)

まさしく豊穣で重厚なバロック様式の内装。京にあってヨーロッパに旅する気分を味わえる。

今なお、息づく喫茶店の役割
文化の薫りと京の昭和

創業は昭和9年(1934)。京都の美術学校を出た立野正一さんがこの地に店を開いた。スパニッシュの瓦葺き、ステンドガラスの格子窓、内装はバロック様式で、漆しっくい喰仕上げの壁がヨーロッパの温かな一軒家を思わせている。店名は立野さんが好きだった19世紀フランスの画家、ミレーの名前を掲げたものだ。
イギリスではコーヒーハウス、フランスにおいてカフェは、プロレタリアートの象徴だ。思想や芸術を語り合い、そこから哲学が生まれた。そんな場所を京都につくりたいという初代の思いが、この店をかたちづくった。

 

「父は画家志望でしたが労働運動家としても知られ戦前は、反戦を唱える知識人、学生、芸術家、文筆家が集い、政治や思想、芸術などを自由に語り合っていました。戦後、学生運動が盛んな時代は警官隊とぶつかった学生たちが逃げ込んだというエピソードもありますよ(笑)」と話すのは、三代目の立野隼夫さん(72歳)。

戦前戦後を通じ店の常連客を挙げると錚そうそう々たる顔ぶれは枚挙に暇いとまがない。父と親しかった画家・藤田嗣治をはじめ、仏文学者の桑原武夫や多田道太郎、演劇家の宇野重吉、思想家の鶴見俊輔などが集い、議論し、思索に耽ふけり、芸術を語る、自由の気風あふれる文化サロンとなった。そして彼らの手元にいつも在るのが熱い珈琲だった。「父は舌が火傷しそうな珈琲をいつもお出ししていました。冷めない美味しい珈琲で心ゆくまで語り合ってほしいという思いだったのです」
カフェドフランソア(600円)は、ガテマラ種主体の酸味が爽やかで、すっきりとバランスの良い味わい。香り高く、ふくよかなワイのような香りが満ちる。

 

カフェ・ド・フランソア。ふわりとクリームを湛たたえた珈琲はこの店の名物だ。母・留志子さんの時代、宇野重吉が珈琲の苦味が苦手ということを知った留志子さんが当時のバーテンダーと考案した。泡立てたクリームを珈琲に浮かべるのではなく、クリームに熱い珈琲を注ぐ方法で、苦味をまろやかに包み込んでいる。
今にも思想家や芸術家が扉を開けて入ってきそうな雰囲気が店内に満ちる。

 

また、隼夫さんは東京の銀座と成城で支店を2店舗経営していたが、昭和60年(1985)に店を閉じ、大阪あべの辻製菓専門学校を卒業。神戸、芦屋で12年間修業し、再び京都に戻ってきた。珈琲によく合う洋菓子を研け んさん鑽し、レアチーズケーキなど様々な自信作を生み出している。「美味しい珈琲をお出しすること。常に清潔にすること。親切で、程よい距離感を保つサービスを提供すること。この3つの心得は父母の大切な教え。喫茶店経営の宝物です」
混こ んとん沌として閉へいそくかん塞感のある現代。今私たちはここに集っていた人々の如く、何ものかと日々、闘っている。先行きの見えぬ人生という航海の中で、ここならば間違いなく、安心して錨いかりを下ろせるだろう。

ふらんそあきっさしつ

住 所 :京都府京都市下京区西木屋町通四条下ル船頭町184
電 話 :075-351-4042
営業時間:10:00〜23:00
定休日 :無休
アクセス:阪急「河原町駅」よりすぐ