男の隠れ家7月号_鯖の道
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鯖の道 京は遠ても十八里──。 若狭の美物と人の想いを運ぶ道

古来より京都では葵祭や祇園祭など祭事の折、家々で鯖(さば)寿司を作るのが習いとなっていた。
都人(みやこびと)にとって格別なご馳走だった若狭の一汐(ひとしお)の鯖は若狭と京をつなぐ街道を通って、幾度も峠を越え、宿場を通り、若狭人に背負われて京へと運ばれた。
人と物と文化が往来した〝鯖の道〟をたどる。

文◎郡 麻江
撮影◎松浦光洋

【若狭街道】小浜(福井県)

鯖を担いだ若狭人に思いを馳せ
京へと向かう街道を行く

古代より豊富な海産物に恵まれた若狭は、「御食国(みけつくに)」として朝廷の食文化を支えた。都が京に移ってからもそれは変わらず、若狭と京をつなぎ、美物を運ぶ街道は〝鯖の道〟、〝鯖街道〟と呼ばれるようになった。幾つかあるルートのうち、人と物量が最大級に行き交ったのが、小浜(おばま)から熊川宿、滋賀県の朽木を通り、京の出町へとつながる若狭街道である。
小浜漁港。新鮮な魚介が豊富に揚がる。

 

その起点となるのが若狭・小浜市場。豊富な魚介や北前船が運ぶ物資が行き交うこの市場は、問屋や集荷業者が集まり活気を呈した。

「生鯖塩して担い京へ行き仕(つかまつ)る」と江戸時代の古文書に記されているが、朝、朝獲れの鯖にひと塩して運ぶと、京に着く頃に程よく身が締まって都の人々に大層喜ばれたという。
小浜市場跡近くの「いづみ町商店街」には、今も魚屋や食堂が数軒、軒を並べている。その一軒、浜焼鯖を専門とする「元祖朽木屋」では十二代目主人の益田隆さんがきびきびと立ち働き、鯖を焼き上げていく。

「何の味つけもしてへん、鯖の味だけやで!」という言葉通り、シンプルに焼き上げた鯖は、外はこんがり、中はほくほく。鯖本来の味と海の塩気がもたらす天然の旨味を、あれよという間に平らげてしまった。



いづみ町商店街内の「鯖街道資料館」をのぞくと、近くに「さば街道起点」と彫ったプレートを発見。まずはここに立ち、京を目指していく。
熊川へ向かう道中。まっすぐ貫く一本道の果てに真っ赤な太陽が光を放ちながら沈んでいく。

 

小浜市内をゆるりと散策して夕刻、熊川宿へと向かう。その道すがら壮大な夕焼けを目にした。鯖街道に沿うように光の筋がまっすぐに延びていく。古(いにしえ)に若狭人も見た景色かもしれないと、ふと思った。