(C)WENN/amanaimages(main)
- 魅惑のボディで注目のスーパーモデル -

日本人の血を引くエンジェルの顔、アドリアナ・リマ

欧米でもっとも支持されているランジェリーブランド「ヴィクトリアズ・シークレット」が年に1回開催する「ショー」は、その規模と豪華さが年々拡大され、いまや世界最大級のイベントとして認知されている。専属モデルの「エンジェル」たちが次々と登場し、見事なスタイルを大胆に披露するなかで、クライマックスで登場するのが、その年ごとに製作される究極のランジェリー「ファンタジーブラ」。本物の宝石が散りばめられ、その価値は時価にして数億円という代物だ。これを着けてランウェイを歩けるのは、エンジェルのなかでも選ばれし者だけ。アドリアナ・リマは、これまで計20回ほどしか開催されてないショーで、ファンタジーブラを3回も着用している“エンジェルの顔”というべきスーパーモデルである。

年収10億円を稼ぐエンジェルの代名詞的存在

1999年にショーに初登場し、2000年からヴィクシー・エンジェルの一員となったアドリアナは、まさにエンジェルの代名詞的な存在だ。同じころからヴィクトリアズ・シークレットのビジネス規模も拡大しており、アドリアナとヴィクシーはともに躍進してきたといえる。

ヴィクシーは、アパレルブランドの世界ランキングでトップ5に入る「リミテッド・ブランズ」社の傘下にあり、グループ内の6割の利益を稼ぎ出すトップブランド。アドリアナも「世界で最も稼いだモデル」リストの常連で、2015年には900万ドル、日本円にして約10億8000万円を稼ぎ出した。34歳となったいまも現役のエンジェルとして、歴代最長の在籍記録を伸ばし続けている。

1981年にブラジルで生まれたアドリアナは、フランス人やポルトガル人、カリブ人など、さまざまな血を引いており、ルーツのひとつには日本人の血筋も含まれているという。エキゾチックな美貌とグラマラスなスタイルは早くから注目を集め、15歳で「スーパーモデル・オブ・ザ・ワールド」のブラジル代表に選ばれると、1997年に渡米して数々の有名ブランドの広告やショーに出演。2000年にヴィクシー・エンジェルとなってからは、名実ともにトップモデルとして世界中で活躍し続けている。

下の写真は、2010年の「ファンタジーブラ」発表イベントにて、60カラットのダイヤモンドと82カラットのサファイアやトパーズがあしらわれ、約2億円の価値を持つとされる「ボムシェル・ファンタジー・ブラ」を披露したアドリアナだ。
(C)INF/amanaimages

すべてのモデルのお手本となる「プロ意識」

アドリアナは、セクシーな肢体で男性からの注目を浴びるだけでなく、その明るいキャラクターと仕事熱心な姿勢で女性からの支持も集めてきた。彼女の人気は、ミュージシャンのレニー・クラヴィッツや、リヒテンシュタイン王家の一員にあたるヴェンツェスラウス公子と交際するなどの恋愛ゴシップが報じられても衰えることがなく、2009年にセルビア出身のNBA選手マルコ・ヤリッチと結婚した際もファンからは祝福ムードで迎え入れられた。

同年に女児を出産、2012年に第2子となる女児をもうけたが、出産後わずか2カ月でヴィクシーのショーに復帰を果たし、まったく崩れていない完璧なボディを披露。2014年にはマルコと離婚するが、それでもアドリアナのプライベートは不思議とスキャンダルにならない。 

その秘密は、アドリアナの徹底した「プロ意識」にある。毎日の節制とトレーニングを欠かさず、仕事では常に謙虚な姿勢を崩さない。その真摯な取り組み方はプロアスリートに近く、デビューのころと変わらない抜群のスタイルと美貌を維持している。ヴィクシーの若いエンジェルたちにもサポートを惜しまず、すべてのモデルの偉大な手本となっているのだ。
(C)Sipa USA/amanaimages
米経済誌『フォーブス』によると、ヴィクシーのマーケティング部長、エド・ラゼック氏は、エンジェルになれなかった新人モデルからその理由を尋ねられたとき、こう答えたという。「私は、きみが毎晩クラブで撮ってインスタグラムにあげている画像を見ているよ。きみがそうやって時間を無駄にしている間に、アドリアナ・リマは縄跳びに3時間を費やしているんだ」

アドリアナの才能は、天性の美貌とボディではなく、むしろ日々の努力を怠らないストイックさにある。挑戦することを止めない意思の強さも彼女の大きなアビリティだ。その凄みは年齢を重ねるほど輝きを増し、「エンジェル」、そして「モデル」という職業のステータスをも高め続けている。

Text by Kiyoshiro Somari

Photo by (C)WENN/amanaimages(main)