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「統計的品質管理」で戦後日本の成長を支えた品質の父、ウィリアム・エドワーズ・デミング

「メイドインジャパンといえば高品質」は広く共有され、実際に過剰品質でさえあったりして、日本人は品質にこだわるというのは当たり前となっている。しかしそれは古代からの日本人の特質かと言うとそうでは無い。背景には日本に品質という考え方を伝えてくれた一人の外国人ウィリアム・エドワーズ・デミングがいた。

日本産業の品質の父、デミング

今や新興国への進出、特に東南アジアでどう稼ぐかというのは日本企業にとって当たり前のテーマだ。その際よく言われるのが、日本は過剰品質で高い、韓国サムスンや中国ハイアールなどは多少品質が悪いけど安いから売れるという話。これは確かに問題だが、ちょっと冷静に振り返ってみよう。敗戦で焦土と化した日本は、たかだか50年で、なぜ過剰品質と言われるまでの生産能力を獲得できたのか。今回はこの奇跡を支えた一人のアメリカ人ウィリアム・エドワーズ・デミング(William Edwards Deming、以下、デミング)を紹介する。

メイドインジャパンは低品質が当たり前!だった過去の日本

1945年、第二次世界大戦で連合国に敗戦した後1952年の7年間日本は米国の占領下にあった。そのため、その頃日本で作られた製品は「Made in Japan」ではなく、「Made in Occupied Japan(オキュパイドジャパン/占領下の日本)」と書かれた。
オキュパイドジャパン製品、安物で故障が多く粗悪品の代名詞とされていた。
この品質の悪さ、敗戦後で物資が足りないのもあったが、そもそも戦前・戦中の日本製品は品質が良くなかった。第二次世界大戦中においても、兵器など装備品がネジなど部品の品質や規格のばらつきに起因して故障したり修理できなかったりと様々な問題を起こしていた。戦艦大和・武蔵のように技術力を要する特別な製品を職人技で製造することは出来たが、普通の製品をそれなりの品質で大量生産することは出来なかったのだ。

デミングが伝えた品質という考え方

この日本の悪しき伝統は、一人の米国人、デミングがきっかけで改善された。
デミングは統計学者としてGHQの要請を受け、占領下の日本の国勢調査の実施計画を調査・立案するために来日した。その際、統計を用いた品質管理手法が日本社会の復興に必要と考えていた日本科学技術連盟に招待され、多くの技術者・経営者に「品質」の概念と重要性・手法を教えた。
デミングが教えたのは「統計的品質管理」という手法で、特に重要なのが今も読者の皆さんが日々用いているだろうPDCAサイクルという考え方が日本に入ってきたことである。PDCAサイクルとはPlan(計画)→ Do(実行)→ Check(評価)→ Act(改善)のサイクルを回しながら品質の向上を図り続けることであるが、これを導入した企業が生産性の向上を次々達成したため、デミングのセミナーには多くの技術者・経営者が詰めかけ続けたそうだ。

デミングを吸収し、品質を更に進化させた日本社会

これらデミングが伝えてくれたことを日本社会は吸収し、進化させ、「全社的品質管理(TQC)」や「QCサークル」・「カイゼン」・「トヨタ生産方式」となり高品質な日本製品を継続的に生み出す原動力となり、戦後復興と高度経済成長を支えた。
今や品質過剰と言われる日本であるが、粗悪品しか作れなかった時代があり、デミングという一人の外国人の伝えてくれたことから社会全体が変わったという事実は、失われた20年を生きる我々に貴重な示唆を与えてくれるはずだ。