スーパーカーの故郷、ボローニャをマセラティで走る
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スーパーカーの故郷、ボローニャをマセラティで走る

2014年に創業100周年を迎えたイタリアのスポーツカーブランド、マセラッティ。しなやかなかつラグジュアリーで、イタリアの大統領公用車としても知られる大人のための車である。このマセラティが生まれたイタリア北部の都市・ボローニャは、ランボルギーニやオートバイメーカーのドゥカティが発祥した地でもあり、旅と車が好きな40男にとって憧れのドライブスポットのひとつだ。マセラティの乗り込み、ドライブに出かければ、ビアンキと呼ばれる田舎道やアペニン山脈の美しい光景が待っている。

ボローニャで生まれたマセラティの波乱万丈な歴史

創業者であるマセラティ7兄弟の4男アルフィエーリは、イタリアの高級車メーカー、イソッタ・フラスキーニに属したレーシングドライバーであると同時に、優秀なメカニックでもあった。彼は1914年、弟のエットーレ、エルネストとともに前身であるアルフィエリ・マセラティ工房を創業する。これがマセラティの始まりで、その際にオフィスを構えたのがボローニャだった。ほとんどが自動車業界に身を置いたマセラティ兄弟だが、5男のマリオだけは美術の道に進んだ。このマリオがデザインしたのがマセラティのフロントグリルに鎮座する“トライデンテ”のエンブレムである。これはボローニャ中心部にあるマッジョーレ広場の海神ネプチューン像にちなみ、ネプチューンの持つトライデンテ(イタリア語で三叉の銛を意味する)をモチーフにしたものだ。
1926年に最初のオリジナルレーシングカーを製作して以降、マセラティはさまざまなレースで優勝を果たすが、1930年代に入るとメルセデス・ベンツなどの後塵を拝し、資金繰りに苦しむようになった。そして、1937年にはオルシー一族に株を売却し、現在本社があるボローニャと同じ州の都市、モデナに移転することとなった。オルシー家が経営を握っていた間、マセラティはF1で活躍した250F、さまざまなレースを席巻したティーポ61などの名車を生み出し、第二次大戦をはさんで1957年にレースを界の一線を退くまで、数々のタイトルを獲得した。

その後、マセラティはシトロエン、デ・トマソ、フェラーリ、現在のフィアットと、親会社が次々と変わる波乱万丈な歴史を辿ることになる。1997年にフェラーリの傘下に入った際には、当時のフェラーリ社長、ルカ・ディ・モンテゼーモロが手腕を発揮。セールス面でようやく成功の道を歩み始めた。2005年からはフェラーリの親会社であるフィアットに経営が移り、フェラーリ、アルファ・ロメオとの製造と販売の両面で相乗効果が期待されている。

マセラティ・グラントゥーリズモを駆って発祥の地へ

マセラティが生まれたボローニャは、多様な顔を持つ街である。1088年創立のヨーロッパ最古の大学であるボローニャ大学など、学問の都として知られるほか、多くの日本人にとってはボロネーゼソースのパスタでおなじみだろう。ボローニャは「肥満の都」と形容されるくらい食が豊かな街としても有名だ。
(C)Petar Milošević
また、ボローニャはイタリアの交通の要所でもある。古代ローマ時代の“エミリア街道”や、現代ではミラノからナポリをつなぐ“太陽の高速道路”アウトストラーダが通り、イタリアの北と南、東と西を結ぶトランスポーテーション・ハブとなっている。

この街をドライブするなら、車はもちろんマセラティ、なかでもマセラティ・グラントゥーリズモを選びたい。
名前でわかるように、グランドツアラーとしての要素を満たしつつも、その運動性能は純粋なスポーツカー。美しい曲線が印象的なピニンファリーナによるボディデザインも、旅のムードを盛り立ててくれるだろう。
ボローニャの街並みはヨーロッパの地方都市らしく、中世のような雰囲気が色濃く残っている。
(C)Gaspa
ビアンキと呼ばれる田舎道をドライブすれば、食のイタリアを感じられる美しい畑の景色に出会えるだろう。また、イタリアのど真ん中に連なるアペニン山脈のパノラマも待ち構えている。少しアクセルを踏み込み、現在のマセラティの本社があるモデナや、ハムやチーズで有名なパルマ、ルネサンス期に文化の中心地だったフェラーラなどに足を伸ばしてみるのもいい。

マセラティの車には100年以上の歴史がつまっている。その発祥の地で、グラントゥーリズモのハンドルを握って歴史を感じるのは貴重な体験となるはずだ。40男ならではの奥深い海外ドライブ旅になるのではないだろうか。

Text by Taisuke Seki(euphoria FACTORY)

Photo by (C)Maserati(GranTurismo)